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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第2節 権力の天秤 [10]




 振り返る先では、着替えの手を休めずに一人の生徒がこちらを見ている。無言で見つめる瑠駆真の視線にヒョイッと肩をすくめ、ネクタイを適当に首へ巻きつける。
「別に嫌味じゃないぜ。妬むにはあまりに高すぎる身分だからな」
「そうそう」
 少し離れたところから別の声。ビーズやらで装飾されたエクステを隠すように髪の毛を後ろで縛っている。
「変にイビって、敵に回されたくないからな」
 敵に回されたくない。
 なんとなく不快な気持ちが胸の内に疼く。
 そんな瑠駆真を知ってか知らずか、最初の男子生徒が片手を軽くあげて左目を瞑った。
「ただよ、あんなに騒がれたら、周りとしてもちょっと迷惑だしな」
「別に、僕のせいじゃない」
 そうだ。女子生徒たちが勝手に盛り上がっているだけ。
 少し険しくなった瑠駆真の視線に、相手は慌てて両手を振る。
「そんな事はわかってるよ。別に山脇のせいじゃないって事くらいわかってる。わかってるしよ」
 そこで少し前屈みになり、入り口へチラチラと視線を投げながら声を落とした。
「お前も正直、迷惑なんだろう? 女子どもがさ」
「迷惑って言うか」
 正直、迷惑だ。だが、彼女たちの好意をそうハッキリと邪険に扱うのも気が引ける。今まで、唐渓へ転入するまでは、このような熱烈な好意を受ける事はなかった。蔑まされる辛さを知っている分、彼女たちの行為を粗雑には扱えない。
 そのような瑠駆真の事情を知らない級友たちは、ただ単に瑠駆真は優しいだけなのだと思っている。
「よかったらさ、協力してやろうか?」
「え?」
 円らな、黒々とした瞳を大きくする瑠駆真に、男子生徒はニヤリと笑う。
「女子どもを追い払うくらい、わけないさ」
「追い払うって、何?」
「何って、大した事ねぇよ。お前の傍で睨み利かせるだけの事だ」
「僕の傍で?」
「そ」
 エクステの男子が跳ねるように答える。
「ま、ボディーガードってヤツかな」
「ボディーガード?」
 呆気に取られる瑠駆真。対する二人はふざけている様子もない。ただ少し、楽しそうではある。
 三人の会話を聞き流すように、他の生徒は一人、また一人と更衣室を出て行く。男子が一人出て行くたびに、外からは女子生徒の様々な声が聞こえてくる。
「王子様に護衛は基本だろ? どう? 俺たちを傍に置いてみない?」
 二人の視線に瑠駆真は瞳をパチクリとさせた。





 美鶴は入り口へ目をやった。だが、誰かがこの駅舎へ近づいてくるような気配はない。少し落胆した気持ちで、目の前の教科書へ視線を戻す。
 この駅舎で人を待つ事など、初めてかもしれない。
 望まぬ来客は多かった。金本聡に山脇瑠駆真。そして、彼らを追い掛ける女子軍団。
 そこで美鶴は小さくため息をつく。思い出されるのは学校での会話。

「今週末に私の父が主催する晩餐会がございますの。そちらに山脇くんを―――」
「声をお掛けするのも大変で。でもあなたの言葉なら、山脇くんは聞いてくださるはずですわ。だから―――」

 聡と瑠駆真。四月に二人が転入してきた当時、女子生徒の視線を二人はほぼ等分していた。だが今は、若干瑠駆真の方が多くを集めているかの様相。
 理由はわかっている。
 美鶴は目を瞑る。
 瑠駆真の言葉に偽りはなかった。
 彼は美鶴に、ラテフィルへ行こうと誘った。自分はラテフィルの王族だから、不自由はさせないと。
 バカバカしいと思った。嘘にも限度があると思った。だが、それは真実であった。
 王族。
 美鶴に言い渡されていた自宅謹慎が解除されたのはほぼ一ヶ月前の事。突然の事にワケがわからぬまま翌日登校し、そして事実を知った。
 学校はすでに、瑠駆真の素性を話題として盛り上がっていた。身分を隠して来日している中東の小国の王子様なのだと。
 呆気に取られる美鶴は登校早々教頭室へ呼び出され、そこで浜島(はまじま)と対峙する。
(いささ)か納得できない部分もありますが」
 などと前置きをしながら眼鏡の奥の瞳を小さく光らせる教頭の浜島。
「後輩である一年生に手などあげてはいないと言う君の言い分にも、多少の信憑性はあるという結論に達した。よって、謹慎は解除という事になる」
 多少の信憑性。疑っている事に変わりはないと言うことか。
 失笑をなんとか(こら)え、無言で一礼する美鶴の頭に、ネバつくような声が重なる。
「山脇くんがあれほどまでに言うのだから、疑うのも失礼ですしね」
 山脇――――
「それにしても、彼も人が悪いですね。身分を隠してだなんて」
 不快感が胸の内に広がった。
 身分のある、立場の高い瑠駆真から直訴でもされたのだろうか? 身分を隠してと言う事は、今までは浜島も知らなかったということだろう。それが知れ渡っているという事は、瑠駆真自らが身分を明かしたという事だろうか?
 なぜ?
 思わず、眉をしかめてしまう。
 私の謹慎を解く為だと言うのか。
 教頭室を出た後、美鶴は真っ直ぐに瑠駆真の教室へ向かった。彼はすでに登校してきていた。美鶴の顔を見ると破顔し、今にも抱きしめたいのをなんとか耐えるのに必死という姿で向かい合った。
 だが、美鶴が口を開くと、すぐに視線を逸らした。
「噂は本当か?」
 瑠駆真は何も言わなかった。
「私のためだと言うのか?」
 それにも答えず視線を逸らしたまま。予鈴に少しホッとした表情を見せる。
「授業が始まる。放課後に駅舎で」
 その言葉と共に追い返されてしまった。
 言いたくないと言う事だろうか? それとも、周囲には聞かれたくないという事だろうか?







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